東川町が、19歳の若さで亡くなったアイヌ文化伝承者、知里幸恵さんをモデルにした、映画「カムイのうた」の製作を発表したのは昨年の5月のことでした。
アイヌ文化と共に、大雪山国立公園の一部を有する東川町が、「大雪山文化」を次世代に伝えることを目的に、オール北海道の連携で作り上げ、今年秋の公開を目指しています。
三者の想いが一つに結実
昨年5月に行われた製作発表の時、監督の菅原浩志さんは、「この映画は、知里幸恵さんをモデルに映画化しようと2年間準備をして参りました。2年前は、『アイヌの映画』に取り組むことへの批判、冷ややかな目が多くありました。しかし、実際に準備を進めていくと、役者たちが『こういう映画は作らなければならないんだ』と言ってこの映画に参加してくれたり、『アイヌのためだったら自分は映画に参加したい』と4時間運転して東川町のオーディション会場に来てくださったり、多くの方々が熱い思いでこの映画に参加してくださっています。アイヌの映画だから参加したい、アイヌのことを勉強したい、こういう方々がこの映画に集まっている。そのことが、私にこの映画を作る力を与えていただいていると感じています」と話しています。
また、旭川アイヌ協議会の川村久恵さんは、「この150年、あるいはそれ以上前からの、アイヌの辛かったことや楽しかったことが、すべて凝縮されてこの映画が出来ると思っています。それは他の方には、なかなかできないだろうと思います。近年ですと、アイヌの文化は注目されていますが、それは割とエンターテイメントに寄ったものが多い。それはそれで、多くの人に知ってもらうという良い面もありますが、アイヌの本当の気持ちや本当の辛さを置き去りにされている部分もあります。そうしたアイヌの想いを汲み取っていただける菅原監督と、素晴らしいキャストも決定しました。私たち旭川のアイヌも全面的に協力させていただきますし、大変希望を持っております」と話しました。
そして、前東川町長の松岡市郎さんは、「この作品は、東川町だけではなく北海道を挙げての映画作りだと考えています。北海道には多くのアイヌ語の地名があり、私たちはアイヌ語と共生した暮らしをしています。さらに東川町には北海道で一番高い山、大雪山・旭岳があり、毎年『ヌプリコロカムイノミ(アイヌによる山の祭り)』を実施してきました。故・川村兼一さんが5、6歳の頃からずっと引き継がれているお祭りです。昨年、兼一さんがご存命のうちに、菅原監督によるドキュメンタリー映像である『ヌプリコロカムイノミ』を撮影しました。兼一さんは、その映像の完成とともに天国へ旅立たれました。そのなかで菅原監督と川村久恵さんが出会い、アイヌ民族の誇りを伝えようとした知里幸恵さんの映画化のお話になりました。2022年は知里幸恵さんの死後100年、23年は生誕120年を迎えます。知里幸恵さんや川村兼一さんに思いを馳せ、本映画を製作していきたいと思います」と話しました。
左から)川村久恵さん、菅原浩志監督、吉田美月喜さん、松岡市郎前東川町長
知里幸恵の歩んだ道
知里幸恵は、1903年6月8日、現登別市で生まれました。6歳で現旭川市の伯母のもとに引き取られ尋常小学校に通学、学業優等で卒業しました。その後、女子職業学校に進学し、道庁立の女学校を受験しますが不合格になり、「優秀なのになぜ?」という噂が町中に飛び交ったといいます。また、幸恵の祖母は、アイヌの口承の叙事詩“カムイユカラ”の謡い手で、幸恵はこのカムイユカラを身近に聞くことができる環境で育ちます。
そして、幸恵が15歳の時に、家に言語学者の金田一京助が訪れます。金田一の目的はアイヌの伝統文化を記録することでした。金田一の影響を受け、幸恵はカムイユカラをアイヌ語から日本語に翻訳する作業を始めます。やがて、カムイユカラを文字にして後世の残そうという金田一からの要請を受け、東京・本郷の金田一宅に身を寄せて翻訳作業を続けました。
しかし、幸恵は重度の心臓病を患っていました。それを押して、作業を続けました。1922年「アイヌ神謡集」として完成しましたが、その日の夜、心臓発作のため、19年の生涯を閉じました。
1月に主役の吉田美月喜さん(テル役)、望月歩さん(一三四役)の撮影終了
1月には、主役の吉田美月喜さん、望月歩さんの撮影が終了しました。
「この北海道の寒さでは、『演技』ではなく『リアル』が入ってきます。寒さで耳が赤くなり、吐く息が白くなる。吉田美月喜さんと望月歩さんには、この北海道の厳しい寒さの中で生きたテルと一三四を感じてほしかった。撮影は大変ですが、実際の雪、冬を映像に撮ると、もの凄い力があり、その中で、お二人は素晴らしいリアルな演技をしてくれたと思います」と菅原監督は二人を絶賛します。
撮影が終わると、映像の編集と音楽や効果音など「音」の創造が始まり、9月には完成するそうです。
いじめや差別のない多様性社会を
コロナ禍の中で、「文化は不要不急」というような声がありましたが、東川町は着々とこの映画に準備を進めてきました。今、世界や国内を見渡すと、いじめ、差別、紛争が絶えない状況になっています。この映画を通じて、自らの言葉を大切にし、融和な社会を保つことの大切さを伝えます。そして、多くの方々にこの映画の舞台になった北海道や東川町の訪れ、アイヌの想いを感じてほしい。不要不急とされる中で製作されたこの映画が、不朽の名作になることを期待します。
※菅原浩志さん、川村久恵さん、松岡市郎さんのコメントは東川町プレリリースから引用。
●東川町役場文化交流課
上川郡東川町北町1丁目1番2号複合交流施設せんとぴゅあⅡ
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