バブル経済の崩壊からコロナ禍の只中にあった最近まで、まさに30年間の魔のデフレ時代だった。日本経済は大失速し、賃金も据え置かれたままだった。店頭では、ずっとモノの値段が動かず推移していたものだ。その分、月々の支出計画は立てやすかった。しかし、今は状況が一変した。
スーパーでは毎月1日に商品の値上げラッシュが当たり前のように見られる。「今月も値上げか」と溜息が漏れる消費者、「いい加減にしてくれ」といいたくなる。怒りの矛先は国の政治へ向かう。
「一国の経済成長も国民の平均所得も、他の先進国から大きく後れを取ってしまった」と、デフレからインフレへ短期間での移行を試みる。筆者にはこれが国家政策の無謀運転に見える。
優勝劣敗へ舵を切り、働く者の味方のふりして政府は経団連に賃上げを要請した。今度は企業が人件費上昇を理由に、商品価格にそれを転嫁する。遅れた30年間を一気に取り戻そうと荒治療をしているように見える。国民生活の困窮や企業倒産など歪が一気に表れるのではないか。
夏の参院選が終わっても国は動かず。どの政党も国会審議を優先することなく、自民は党内非主流派が動き、野党も政局を利用すべく駆け引きに走る。誰の目にも物価対策が喫緊の課題のはずなのだが、10月20日現在審議なしだ。気の利いた野党のリーダーがいたとしたら「自民党さん、党内抗争は後回しにして物価対策で国会審議をやろう。国民も国内経済もたいへんな目に遭っている時だから」の提案をするはず。「自民の抗争はそれからにしてよ」、与野党ともに子どもじみている。
泊原発の再稼働に「容認」と、50%以上の道民が意思表示した。沈着に考えると妥当に思う。
日本は資源小国だから、エネルギー(原油)を輸入し、工業用原料を輸入し加工して高付加価値を付け、それを輸出する貿易立国の国柄だ。日本丸は原油の市況に翻弄され失速した。ならば、原油をとことん減らし、休止していた原発にひとまず働いてもらう。それと並行して、自然エネルギーを追求していったらどうか。乗用車の動力も電気や水素に移行させ、ガソリン車の製造を止める。
オイルショックはもはや死語化し、原油高も平気だし、さらに石油由来製品に影響され、狂乱の物価高に翻弄される生活にもさらばだ。原油が外圧で輸入停止になっても日本はあまり影響を受けない、なんと夢ある話か。
筆者は東日本大震災を機に脱原発だったが、理想を追うことは一時停止、私たちの平穏な生活を優先したいと考えるに至った。食品会社の社長も電気代が高いと嘆いていた。













