山田錦は、「酒米の王様」と呼ばれる酒造好適米の代表的な品種です。昭和11年に兵庫県立農事試験場で誕生し、「獺祭」や「白鶴」といった有名な銘柄のほか、全国の多くの酒蔵で使用されています。しかし、寒冷地の北海道では栽培は難しいと長年言われていました。そんな常識に果敢に挑んだのが、北海道銀行アグリビジネス推進室を中心としたプロジェクトチームです。同推進室顧問の木村秀雄さんに道産「山田錦」の誕生までをお聞きしました。
酒米の王様と呼ばれる「山田錦」
―まず山田錦の特徴を教えてください。
木村
酒造好適米と呼ばれる酒米には、いろいろな品種があります。本州では「日本晴」「五百万石」「雄町(おまち)」など。道内では「吟風」「彗星」「きたしずく」があります。しかし、全国数ある酒米の中でも、「山田錦」は酒米の王様と呼ばれています。
山田錦は酒米に重要な「心白(しんぱく)」が現れやすく、大きく、形もよいという特徴を持っています。心白とは米粒の中心に現れ、デンプンが集まっていて、白くにごった色に見える部分を言います。この部分が現れることで、麹づくりの際に麹菌が米の中心まで入り込みやすいため、山田錦は特に良い麹をつくりやすいと言われています。
この他にも、脂質やたんぱく質といった余分な成分が少なく、大粒で砕けにくいため精米がしやすく、その上吸水性が高い。酒造好適米として備えるべき条件を全て満たしています。
山田錦は令和3年度において、全酒造好適米の27%を占め、誕生した兵庫県で半分以上を生産しています。北限は新潟県上越市で、東北や北海道では栽培が難しいと言われていました。
北海道銀行アグリビジネス推進室顧問 木村 秀雄 さん
道産「山田錦」誕生までの経緯
―なぜ道内で山田錦を栽培しようと思ったのですか。
木村
北海道銀行アグリビジネス推進室では、平成23年から毎年冬に「農業経営塾」という農業者の勉強会を開催しています。そこに芦別市で加藤農場を経営している代表の加藤穣さんも参加していました。芦別市も他の地域と同じように後継者がいなくて、加藤農場では離農した農家のほ場を引き取り、働ける人は従業員として雇い、262㌶あまりのほ場で、競争の激しいうるち米から、確かな需要のある加工業務用のもち米へと転換していました。しかし、加工業務用で一番面白いのは酒米であり、どうせやるなら道内の酒米品種ではなく、まだ誰もやっていない酒米の王様と言われる山田錦をやりたいという要望が出されました。それが平成27年でした。
翌年6月に同推進室が中心となり、プロジェクトチームを立ち上げました。
この年に和歌山県の種苗会社から山田錦の種子を購入し、加藤農場の33㌃のほ場で栽培を始めました。府県の農家で研修をさせていただいた時に、8月のお盆までに出穂がないとお米にはならないと言われていましたが、実際に出穂があったのは9月中旬で、1カ月ほどの遅れとなりました。その籾の中にわずかに実が入っている籾があり、その1・2㌔を翌年の種籾にしました。
平成29年にその種籾を56株の成苗ポットで栽培したら、8月中旬に36株が出穂し、2カ月後、山田錦らしい成熟籾2・2㌔を収穫し、翌年の種籾にしました。
平成30年には、その種籾で、81㌔の収穫がありました。このようなことを繰り返し、令和2年には山田錦が1400㌔も収穫でき、、1300㌔を国稀酒造に提供し、試験醸造をしていただきました。さらに、翌年には試験醸造の酒蔵を6社に増やしました。
山田錦
―試験醸造の結果はどうでしたか。
木村
私たちの認識ではまだ本当の意味での完熟になった山田錦ではなく、せいぜい中学生か高校生レベルのものだと思っていました。それでも酒を造ってみると力強さがぜんぜん違うと杜氏の方々が言ってくれた。山田錦のDNAにびっくりされていました。私たちの予想以上に造る側の評価は高かったのです。
昨年は18トンの玄米を酒蔵6社に分けて、醸造していただいています。5月、6月を目途にお酒が出来上がって来るので、関係者を招いて品評会を行う予定です。
また、これまで酒蔵に無償で山田錦を提供していましたが、今年の秋からは有償で購入していただき、商業栽培に転換して行くつもりです。
道産「山田錦」のこれから
―芦別以外で山田錦の栽培は考えているのですか。最後に今後の展望をお聞かせください。
木村
例えば、蘭越町では昨年から試験栽培を始めています。また、増毛町でも栽培したいという要望を聞いています。しかし、個人的には芦別市の加藤農場で成功したからといって、他の地域でも同じようにできるかといえば、多分できないと思っています。
芦別は特別なところです。平成5年の大冷害の時に、作況指数は北海道全体では40でしたが、芦別は90を超えていました。山田錦の栽培がうまくいったのは芦別が内陸性の気候で、山に囲まれていて、南向きの斜面といういろいろな条件がつくはずです。加藤農場でもそのような条件に適う土地はわずかしかありません。それよりも、今後は中学生、高校生レベルの山田錦を、大学生や社会人にレベルアップすることに力を入れていきたいと思っています。
道内には、吟風、彗星、きたしずくという酒米があり、そこのシェアを奪っていくという考えはありません。そのような酒米の他にも、少ないながら山田錦もありますと訴えたい。バリエーションを増やし、道内の酒米全体が評価してもらえるようになればと思っています。量より質の向上を目指し、数年後には府県の山田錦よりも質のいいものを造れればと思います。
―今日はお忙しい中ありがとうございました。
●北海道銀行アグリビジネス推進室
札幌市中央区大通西4丁目1番地
TEL:011・233・1066