旭川市にキャンパスを設ける「北海道立北の森づくり専門学院」。林業に関する基礎実習、機械操作などに必要な各種資格等の取得など、実践的な教育を行う林業の専門学校です。森林を守り育てるだけでなく、将来的に企業などの中核を担う地域に根差した人材を育成する同学院の活動について、学院長の土屋禎治さんに話を聞きました。
人工林が収穫期を迎え、林業を成長産業化へ
当学院は、2020年に設立され、今年5年目を迎える道立の学校です。 ちょうどその時期が、国が林業の成長産業化を進め始めたころで、戦後40~50年にわたって盛んに植えられたスギ、ヒノキ、北海道ではカラマツ、トドマツなどの人工林が、主伐して利用できる収穫期に来ていました。
そうした中で、北海道としても積極的に人材を育成し、即戦力、あるいは将来の企業の中核を担うような人材を育成していこうという流れになったわけです。当然、道内各地区から要望が寄せられ、最終的に、既存施設の活用など様々な観点から検討し、林産試験場のある旭川市西神楽地区に建てることになったという経緯があります。
設立した最初の年は、定員40名のところ34名の入学者があって、これが1期生となりました。
北海道立北の森づくり専門学院
得意分野を見つけるため
当校の卒業生たちは、各地の森林組合や林業事業体などで働いています。自分たちの得意分野というか、山林の伐採や植林などで活躍する幅広い人材が育っています。というのも、必ずしも木に関わる仕事にがっちりしたイメージを持った子が入ってくるわけではなく、漠然と「山が好き」「森が好き」「自然が好き」といったイメージの子が多く、苗木を扱う仕事につく生徒もいれば、もともと製材に興味がある生徒は製材会社に行く、といった感じですね。
私どもとしても、1年生のときに2回、2年生で3回、短期長期の就業実習ということで企業に行き、実際の仕事を経験して就職先を決めるというプロセスをすごく大事にしています。それもすべて業界からのご支援ご協力のもとに実施しています。いわゆるコーオプ教育(産学連携による実践的な教育)の一環で、企業に生徒の実習を委託するシステムです。ですから、当校の卒業生は、比較的ミスマッチが少ないと思います。
有給の長期就業実践実習も
長期就業実践実習では、学校と企業が委託契約を結んでいて、現場に行った2年生は、2週間の期間中、7日間は実際に給料をもらって仕事をします。実際にチェーンソーで木を伐ったり、森林組合で事務の仕事をしたりします。そうした経験の中で、自分の進む方向が決まってくる。これがわが校の特長ですね。
40歳まで入学できますので、本州から来る人で、北海道で暮らしたいけれども、仕事がまだ決まっていないという人などは、ここに来て技術を学んで、5種類の資格を取得できますし、現場に実習にも行けるし、全道各地を見て回れるわけです。自分の暮らしや趣味などを考えながら移住・定住先を探すことができます。実際に国家公務員を辞めて入学してきた1期生もいました。
丸太の伐倒練習
まだまだ足りない造林量
本州と北海道では、山林が全然違います。樹種ももちろんですが、最も違うのは「傾斜」です。やはり山の険しさ、斜面の角度は、日高や檜山あたりを別として、北海道のほうが平均して緩い。従って、木の伐採にはチェーンソーよりも機械伐採が5割近い。
戦後に植樹した木が、今現在、収穫期を迎えていますが、新しく植林した木が育つ頃とズレが生じる問題があるので、人工林の林齢をある程度平準化することを目指しています。北海道の場合、伐採したあとに約8割はきちんと植えられていて、全国の造林面積の3割ぐらいを行っていることになります。
カラマツだと30年ぐらいで主伐期に入るため、2世代目はそろそろです。トドマツは今、40~50年経ったものが多いですが、80~90年はそれなりに収穫できるでしょう。それらを伐りながら、古い林と新しい林をバランスよく造っていくことが政策課題として大きい。
そのためには、造林の量を1万3千haぐらいまで増やさないと、将来的にバランスが崩れて資源が不足することが想定されます。ただ、実際にできているのは約8千haで、目標には遠く及んでおらず、大きな課題としては労働力や苗木の生産量などを解消していかなければなりません。
シミュレーターの前に立つ土屋禎治学院長
経済活性化で入学者減少
学院設立の目的の一つは、労働力の強化で、これは担い手人材の育成と確保を地道にやっていくしかありません。今はその部分を試されているのだと思っています。
入学定員は40名で、4月に入ってくる7年度の入学生は、12月現在、1回目の推薦と一般入試で14名です。例年になく厳しい状況となっています。2023年はこの時点で26名でした。最近は経済が活性化して、企業が人をどんどん採っていますし、国や道などの役所も人材難ですから、思ったように入学生が集まりません。
この学院でも説明会とオープンキャンパスを開催し、昨年は札幌市で出張オープンキャンパスを行ったほか、東京や札幌では林業関係の就業ガイダンスにブースを出しました。そのほか、個別に高校の職業説明会や進学説明会に呼ばれて行くケースもあります。そうした場合、シミュレーターを持っていって生徒さんたちに実際に操作してもらうなどして、林業の魅力を伝えています。
まずは安全第一に考える
道の林業労働実態調査によると、林業はこの10年ぐらいで、季節雇用から通年雇用へと一気に変わってきています。時代的にも当学院の設立はちょうどいいタイミングだったわけです。通年雇用なので、林業も月給がきちんともらえるわけで、新卒で人材を送り込む使命から考えても、出来るべくして出来た教育施設だと思っています。
われわれもまだ学院を始めて5年目で、業界との関係も含めて、うちで習ったことが業界と違ったりすることもあります。われわれは「安全」を第一に考えるので、最初は現場とやり方が違うために軋轢があったりしますが、少しずつそういった安全な技術を出していきたいですし、現場で実際に行われている機械操作をフィンランド式のシミュレーターで学んで現場に出していきたいと考えています。
学校で教える理論だけでは、現場に出たとき人材として使えないということになりかねませんので、なるべく業界との距離感を縮めながら、現場で行っていることをしっかり把握して、学院で何を教えるのか、まだまだわれわれも挑戦していかなければなりません。
VRシミュレーターでの作業練習
労働災害を減らすために
就業実習から帰ってきた生徒には必ず話を聞くようにしていて、教えてもらったことと全然違っていた場合、それは20年30年とやってきたプロのやり方で、君にはまだそこまでの技術は無いのだから、そういうふうに教えられても、それが必ず正しいのではなく、自分の実力に合ったやり方を考えなさいと教え、フォローしたりします。
つまり技術の拙い者がベテランの真似をすると非常に危険なこともあるからです。たとえばきちんとチェーンソーをコントロールできる人がやっていることを、見様見真似でやることになるわけで、林業の労働災害に繋がります。だからわれわれは、そのへんを地道に業界に対してもコミュニケーションを取っていく必要があるんです。
フィンランド研修
ベテランのやり方が若い子たちにとって安全なやり方とは限らない。将来はともかく、未熟な今現在は違うんだと教えてくれるわけではないので、当校でしっかり安全なやり方を教え、労働災害を減らします。働き始めてから5年目ぐらいまでが、非常に労働災害にあう確率が高いんです。5年を過ぎて経験を積んで技術を身につけて、ようやくどんなに危険なのかと理解するんですよ。だからその危なさが分かる前に事故に遭うケースが後を絶たないんです。
だからこの学院のもう一つの大切な意義は「労働安全」なんです。「人材育成」とともに非常に大きな二本柱、これがわれわれの使命だと思っています。
【北海道水産林務部 寺田 宏林務局長に聞く】
業界からも高い評価 北の森づくり専門学院
―北海道にとって、学院の重要性は。
北の森づくり専門学院は、道水産林務部の直下にある組織で、林業の担い手対策の言わば一丁目一番地といった存在です。
高校生をはじめ一般の方にも入学していただいて、資格と技術を身につけていただき、林業・木材産業に人材を送り出すわけです。
私が特に期待するのは、林業は労働災害、事故が多い産業ですので、様々な技術研修を行い、基礎からしっかりと時間をかけて教えるということで、安全管理をはじめ高い技術を持った人材を林業に送り出し、労働災害の発生率を下げていくということです。そういう意味でも非常に重要な教育機関だと思います。
北海道水産林務部林務局長 寺田 宏さん
―学院の最大の長所は。
学院の卒業生は、まだ3期生までしか業界に出てきていませんが、企業の方たちからは「北の森カレッジを出た人は皆が同じやり方で、技術的にぶれていないところが素晴らしい」と高い評価を得ています。つまり基礎がとてもしっかりしているということです。
学院ができるまでは、経験に頼るのが主でした。たとえば草刈機ブラッシュカッターの安全教育は、一日程度の講習で修了しますので、あとは現場に出て指導してもらい、悪いところは直してもらいながら技術を上げていくというやり方でした。
学院が設置している高性能林業機械のシミュレーターでは、同じ条件で同じように基礎を教えられるのが非常に良いところです。実際に山で指導するということになると、機材のコックピットには2人乗れない上に、作業条件は山によって違うわけですが、学院のシミュレーターであれば、教官がすぐ隣に付いていて、簡単な作業から本格的な難易度の高い作業まで、同じ条件でしっかりと指導ができます。そういった体系的なプログラムを作成して指導しますので、非常に上達が早い。
それと、素人がへたに操作すると、機械が壊れる可能性も高いわけですが、シミュレーションではその心配が無い。シミュレーターの操作ボタンなどは、すべて実機と同じ仕様になっていますし、作業の正確さなどが画面に点数で表示されるので、上達の度合いがひと目でわかります。
―業界の期待度は。
卒業生は1学年30~40人ですが、求人倍率は5~6倍です。つまり林業関係の皆さんが北の森づくり専門学院の生徒を欲しがっているわけです。
来期の入学生の確保が難しくなっているのは、全国的に高校生の数が減っていることに加え、最近、本州でもこうした専門学校が30校近くまで急増したことで、生徒の奪い合いになっているわけです。
北海道は平らな山が多く、本州に比べても高性能林業機械の導入率が非常に高く、それだけ安全に生産ができますので、長期的に見れば、労働災害の発生率はどんどん下がっています。もちろんより事故の少ない環境を目指して、幅広い学習をすること、座学よりも実習が中心のカリキュラムで、全道各地をいろいろ回ることになっています。そういった意味では、都市部から人を集めて教育し、地方へと送り出す役割を担う方向に進めたいと考えています。