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特集記事

2019_09_23 | 2019年 9・10月号 わがマチ自慢 連載 | , | 編集部イーハトーブ

【わがマチ自慢】今回は江別市

わがマチの1次産業の魅力をお伝えします。今回は「食と健康」のマチづくりを進める江別市です。三好昇江別市長にお聞きしました。

 

DATA

【人口】119,314人(R1年7月1日現在)

【世帯】57,745世帯

 

江別市役所

〒067-8674 北海道江別市高砂町6番地

TEL:(011)382-4141

三好 昇 市長

江別市は麦チェンの発祥地!それを担ったのは「ハルユタカ」でした!

国の減反政策で始めたのが小麦の栽培です。小麦には薄力粉や中力粉などがありますが、国内で一番生産が少なかったのが強力粉で、ほとんどが外国産でした。初めはうまくいかず、試行錯誤の末、わがマチで確立したのが強力粉「ハルユタカ」の栽培技術です。
「ハルユタカ」は、品質の高い国産小麦として期待されましたが、病気に弱く、収穫量が安定しなかったため生産量は一時期激減しました。しかし、生産者などが「初冬まき」の栽培技術を確立し、今では全国一の生産量を誇っています。それが全道に広がり麦チェンの原動力になったのです。「ハルユタカ」は香りが良く、それを使ったラーメン、うどん、パンなどがたくさん作られ、「麦の里えべつ」が誕生しました。
今でも「ハルユタカ」の需要は高く、特にパン用粉の供給が追い付きません。そこで登場したのが「ゆめちから」です。一般の強力粉よりグルテン弾力が強く、中力粉とブレンドしてパンや中華めんに使われています。「ハルユタカ」以外の小麦の生産にも力を注ぎ、市内には製粉工場や地元小麦を扱う食品工場、飲食店がたくさんあります。

 

ハルユタカ

 

昨年5月にオープンした「ゆめちからテラス」は大人気です!

敷島製パンとJA道央が協同で造った施設が「ゆめちからテラス」で、昨年5月にオープン。その年度には31万人の観光客が訪れ、今もその人気は続いています。
わがマチもエリアに入るJA道央では、小麦も主力品目のひとつで、年間約18,000トンを生産しています。一方、敷島製パンは、主に関東より西側のエリアでパンの製造・販売を展開し、国産小麦の使用を先駆的に取り組んでいました。「ゆめちから」をもっと流通させたいと考えていたJA道央と「ゆめちから」でパン製造をしたいという敷島製パンの思いが一致し、「のっぽろ野菜直売所」を全面改装して、「ゆめちからテラス」がオープンしました。
施設内には、敷島製パンのベーカリー店「Pasco夢パン工房」や「プチキッチンOgiOgi」の他、「のっぽろ野菜直売所」も出店しています。
「のっぽろ野菜直売所」は、道内で最初にできた農家主体の直売所です。今でも年間2億円ぐらいの売り上げを誇ります。野幌の直売所も含め、市内7ヵ所の直売所では、スタンプラリーも行っています。

 

ゆめちからテラス

 

小麦以外ではどのような農産物が生産されていますか?

ブロッコリーは、生産量道内1位です。わがマチは風が強く、それがブロッコリーの生産に向いていると言われております。また、わがマチの3セクで苗も作っており、農家の方々に安定的に供給もしています。また、レタスも道内有数の産地です。
それから、えぞ但馬牛というブランド牛も生産しています。昭和46年に導入した兵庫県但馬の種牛をわがマチで改良し、生産しています。霜降り肉でとても美味しいと評判です。しかし、量が少ないため、市民の口にはなかなか入らないのが課題ですね。
一方、平成29年度からは、食と農を通じて、学びと活力を生み出す新たな体験・交流拠点「えみくる」が稼動し、農家や企業、団体の方々が、生産したものをどのように販売するか、どのように加工するかなどの研究を行い、付加価値を高め、6次化などを目指しています。また、平成23年に国から「北海道フードコンプレックス国際戦略総合特区」に指定され、大学と連携した、食機能の検査ができるまちであります。その食のデータを集積して、わがマチの食材の優位性もアピールしていきたいと思っています。

 

ブロッコリー

 

えぞ但馬牛

 

良質の粘土を活かし、昔かられんがややきものが盛んですね!

れんがの生産は明治24年から始まりました。札幌ビール工場には創業時かられんがを提供していますし、道庁赤れんが庁舎には、補修時に提供しています。一時期は15ヵ所ほどのれんが工場があり、生産量日本一を誇っていましたが、今は3ヵ所に減りました。
昔のれんが倉庫を改築した商業施設「EBRI(エブリ)」は、平成28年にオープンしました。元々は土管を製造していた工場でした。わがマチの土壌は泥炭層であるため、農地の基盤整備には土管が必要だったのです。しかし、ある程度月日が経つにしたがって、土管の需要もなくなり、工場は閉鎖となりました。それをマチが買い、民間の方の協力を得て商業施設として再生することができました。
地元野菜を販売したり、それをふんだんに使ったレストランの出店や江別の観光案内所も併設しています。
平成28年度は観光客が20万人を超えました。

 

EBRI

 

2019_09_23 | 2019年 9・10月号 わがマチ自慢 連載 | ,