出席者
●北海道空知総合振興局長 青木 誠雄 氏
●北海道大学大学院教授 野口 伸 氏
●ホクレン農業総合研究所 スマート農業推進課主任考査役 村木 雅人 氏
青木 誠雄 氏
「スマート農業」とは何か
-まずは「スマート農業」とは何かというところから話を始めたいと思います。
野口
スマート農業は、今、日本の農業を活性化するものとして国を挙げて進めています。日本の農業、北海道の農業には大きな課題があります。一つは労働力不足が非常に深刻であるということ。全国の農家戸数が20年前に比べて半減しました。そして、高齢化も進み、熟練の農家の方々のリタイアも間近に迫っています。熟練者が持っている経験や知識が後継者にうまく継承されない危険性があり、それは農業の生産性を低下させるものです。スマート農業は労働力不足を補ったり、経験や知識をデータ化し、誰でも活用できるようにする。そのためにICTを活用する。そして、労働力を補うために、農業機械に自動化技術やロボット技術を利用していく。これがスマート農業の概略になります。
-昔、スマート農業という言葉が出る前には、精密農業という言葉もありました。
野口
精密農業という言葉は、1990年代のアメリカを中心に生まれました。元々大きな農業機械を使って、農薬や肥料を過剰に使用していた。そのアンチテーゼとして精密農業というものが生まれました。大規模で大雑把な農業ではなく精密に農薬や肥料を管理して生産する。これが精密農業でした。当然それは北海道にも入って来ましたが広がらなかった。なぜならある程度、北海道では精密で緻密な農業が既に実践されていたからです。
スマート農業はそのような個々の農家の作業状況を改善させるだけではなく、農業全体を考えるものです。労働力不足をどうするのか。経験や知識をどのように継承していくか。そのために何をするべきか。そのような課題に対処していき、それにより地域がどうあるべきかと考えていくのがスマート農業になります。
スマート農業の先進地岩見沢市
-そのような中で、空知管内、特に岩見沢市はスマート農業の先進地と言われていますね。
青木
岩見沢市が先進地になった理由の一つは、農業者自身が新しい農業に対する研究意欲が非常に高かった。
元々農業の活性化を図る協議会があり、高い問題意識を持っている農業者が多かった。スマート農業に対しても研究の必要性を感じ、その会を母体にして、平成25年に「岩見沢地域ICT農業利活用研究会」を発足しました。他の地域よりも先駆けてこのような研究会ができたのが理由の一つ目です。
二つ目は行政のバックアップがあったこと。元々岩見沢市はICTを使って、市民の生活や福祉の向上を図ってきました。平成5年ごろから光ファイバー等の整備を、同9年ごろから遠隔教育を、同15年ごろから遠隔画像診断を行っていました。そのような技術基盤を農業にすぐ活用することができた。その後、産学官の連携も進められ、野口先生が在籍している北海道大学と連携が構築されたこともとても大きな事でした。同29年にはマルチロボットの稼働実験や水田の自動給水に取り組み、昨年はロボットトラクタの公道走行試験を行いました。
三つ目は、空知型輪作の取り組みや水稲の直播栽培など、スマート農業を最大限活用することができる技術や営農体系があったことです。以上の三つが岩見沢市がスマート農業に先進的に取り組みが進んだ要因だと思います。
そうしたことが評価され、昨年、岩見沢市は農林水産省の「スマート農業技術の実証事業のプロジェクト対象地区」に選ばれました。
ホクレンの取り組み
-ホクレンではいつごろからスマート農業に取り組み始めたのですか。
村木
ホクレンでは5年前に農業総合研究所に設置された営農支援センターがスマート農業の担当窓口となっており、全道12支所の営農支援室と訓子府実証農場、長沼研究農場の直轄農場においてスマート農業に関する実証と普及促進に努めています。
スマート農業にはいろいろな技術があり裾野が広いですが、特に生産者からは省力化と生産性向上に対する期待が大きいと感じています。そのため、ホクレンとしてもそれらの技術をいかに実証し、情報発信を行うかに重点を置いて取り組んでいます。
具体的な取り組みとしては「ホクレンRTKシステム」という位置情報の補正配信サービスを昨年4月より道内JAと始めました。これは、各地に設置した基地局から補正情報をサーバーを通じて利用者に配信するシステムです。利用状況は昨年10月末現在で30のJAが参加し、利用者IDは約1200となりましたが、今年は2000に達する見込みとなっています。
そして、水稲に関しては、水管理の「見える化」や自動制御による省力化試験を全道100ヵ所以上で行い、施設園芸に関しては、ハウス内の「見える化」から栽培技術への具体的活用方法に向けた実証を普及センターと全道10
ヵ所で行っています。
さらに、酪農に関しては、約440頭の牛を飼養している訓子府実証農場において、ICTを活用した分娩、発情や疾病などを監視するシステムの実証を行っており、分娩監視については事故率が4分の1まで低減されました。畑作に関しては、同農場でトラクタの自動操舵装置による省力化試験や可変施肥のセンシング方法の比較試験を行っています。
一方、営農情報誌「アグリポート」を全道の生産者へ2ヵ月に1回発刊、JAや青年部主催の講習会への参加やホクレン主催の研修会を通じて情報発信に努めています。
野口 伸 氏
ロボットトラクタはどのように誕生したのか
-スマート農業の象徴となっているのがロボットトラクタです。その第一人者が今回この鼎談に出席していただいた野口先生です。ロボットトラクタの開発のきっかけは何だったのですか。
野口
私が無人農機の開発を始めたのは1991年ぐらいからでした。その当時、私は農業工学という分野を勉強していたので、身近に北海道の農業を視る機会が多かった。収穫作業時に高齢者が一生懸命働いているところを見るにつけ、人手不足というものを感じていました。そして、それは将来もっと大きく顕在化するだろうと思いました。その問題を解決するための農業機械の自動化、ロボット化の研究を始めました。
地道に研究を続け、当時は私自身も実用化になることについては半信半疑でした。その内に、それらの農業の課題に対して、国や農研機構も積極的に関わり、民間企業も取り組むようになり、今に至っています。
-道外や海外からの視察も多いと聞きます。反応はいかがですか。
野口
2018年に世界に先駆けてロボットトラクタが市販されました。これが大きな反響を呼びました。欧米を始め、特に、アジア諸国では非常に関心が高い。どこの国でも農業は人手不足なのです。安全は大丈夫なのか。そういうことに関心があり、多くの視察団が訪れています。ドイツの議員団や日本の大臣に相当する中国の農業農村部長の方々、アメリカのニューヨークタイムズの取材もありました。ロボット農機でどんな農業が行われているのか。ロボット農機はどこまでのことができるのか。関心と期待を持って見に来ているようです。
スマート農業の先進地空知の挑戦
-昨年から新十津川町でもスマート農業の実証実験を行っています。同町はもちろん周りの自治体にも影響を与えていきそうですね。
青木
新十津川町で行われている実証実験は、水田に特化したものです。今1戸あたりの経営面積は15ヘクタールぐらいですが、将来30ヘクタールぐらいになった時に、今のような家族経営の農業で高品質な米づくりが可能なのかどうか。それを探る実証実験です。これまで開発してきたスマート農業の技術を使い、播種、育苗から収穫までのあらゆる段階で技術を導入して、その効果を確かめ、家族経営でやれるかどうかをみていきます。
今回の実証実験の結果は、水田農業を展開する他の地域においてもモデルとなる取り組みになります。今年1年間実証実験を行いますので、それに基づいて、それぞれの地域でどの技術を導入するのかの判断をしていければいいと思っています。
村木 雅人 氏
スマート農業はさらに進化する
- 5Gも導入される2020年は、スマート農業にとってどのような年になりますか。
野口
2020年はロボット農機についてのロードマップの上では、遠隔監視でほ場間移動を可能とするレベル3を実現する年となります。注意しなければならないのは、あくまでもそのような技術を実現させることが目標であり、実用化にはまだまだ時間が必要ということになります。
今年は多分、田植機のロボット無人機が出て来るでしょう。コンバインも無人ではないが、完全に手放しで自動走行できるものがすでに商品化されていますので、水田農業に必要なトラクタ、田植機、コンバインで少しずつ自動化が発展し、普及が進んでいきます。
そして、中山間向けのロボット農機も登場してくるはずです。より人手不足が深刻なのは、平場よりも中山間地域です。全国の農地の約40%が中山間地で、ここも高齢化が進み、耕作放棄地が増えています。道内でも芦別市などは中山間地が多い。そのような地域向けの、比較的小回りがきいて、小さな機械で、それが数台協調して作業を行う。そのようなロボット農機が生まれてくると思います。
5Gに関しては、NTTグループと連携を深めています。5Gが地域にどこまで入るかはまだ、時間がかかるかもしれません。しかし、5Gの持つ高い伝送速度や低遅延は、スマート農業にとても有効であることは明らかです。ローカル5Gも含めて、少しずつ普及して、農業に活用していくことは、将来の目指すべき姿であると思います。
村木
近年、ホクレンも含めて行政や民間では、スマート農業に関する実証や多くの情報が発信されています。2020年はスマート農業に対する期待感が高まるとともに、多くの生産者がスマート農業を知り、自分の営農に対してどんな技術が使えるか、どの技術を使えば良いのかと意識が変わっていく年になると思います。そのため、ホクレンとしても多くの生産者に広く、生産現場の視点から具体的に活用できる実証や情報発信への取り組みが必要と考えています。
青木
2020年は様々な技術が実証から実装に向かう年になると思います。道でもこれまでは、ガイダンスシステム、自動操舵システム、RTK基地局の整備というところを中心に考えてきましたが、それ以外でも実装できるような技術ができたということにおいては、普及段階に来たのだと思っています。
ロボットトラクタ2台による協調代かき作業
10年後、20年後の北海道農業の姿
―スマート農業の進化により、10年後、20年後の北海道農業はどのようになっていますか。
青木
現在空知管内の人口は30万人を切っています。10年後にはさらに2割、20年後には4割減と20万人を割り込むという予測値もあります。加えて、人口動態をみると高齢人口が生産年齢人口を上回る。そのような状況になっていく中で、空知の農業はどうなっていくのか。変わらないことは北海道が日本の食料供給地域であるということと、農業が地域の基幹産業であるということです。この役割は、今後も維持していかなければなりません。そのために、スマート農業を生産現場にいっそう浸透させなければと考えています。
農林水産省は、2025年にはすべての農家の方々がデータを活用し、営農を行うことを目標としています。そのためには、スマート農業の技術を上手に使えるようにならなければなりません。農業者だけではなく、関係機関も含めた意識改革や研修の機会も道としてはしっかりと作っていこうと思っています。
野口
将来の予測はなかなか難しいのですが、技術という観点から将来どのような可能性があるのかを話したいと思います。
スマート農業には時間をつなぐ機能があります。ICTを活用することにより、消費者の嗜好、消費動向などをタイムラグがなく、リアルタイムに生産者も知ることができます。そして、もうひとつは、空間をつなぐ機能を持っ
ています。要するに、個々の農家のほ場の情報を、地域全体、日本全体で共有することができ、世界に拡大することができます。だから、そのような機能を持ったスマート農業の技術を使うといろいろな可能性が広がることはま
ちがいありません。例えば、今個々の農業者がスマート農業の技術を使って、規模拡大を行い、稼げるようになりました。これを地域に拡大発展させることも可能なわけです。良い例が帯広の川西長イモです。生産地域を広げ、
海外への輸出も増え、国からも高い評価を受けています。こういったことが、スマート農業の技術を使えば、もっと容易にできるようになります。
反面、スマート農業が人口減を加速させてしまう可能性もあります。その問題を解消するために、6次化を推し進めるとか、居住地域と農業地域をそれぞれ一ヵ所に集め、コンパクトシティ化を目指す方法もあると思います。要は、スマート農業の技術を使うことにより、将来の地域のデザインができる。どのような地域を将来作っていくのか。スマート農業が大きな役割を果たすはずです。
村木
10年後、20年後は農地の基盤整備や生産者戸々の経営面積の拡大が進みコントラクタなどのアウトソーシングや農業機械の大型化による農作業の省力化も進むと思います。ただし、労働力不足に対する問題は大きく、今以上に農作業の省力化が求められるかもしれません。そのため、農業機械の完全自動化やリモートセンシングによる計測データを十分に活用した農業にむけてスマート農業の技術が必要になってくるはずです。スマート農業の先進当たり前の技術として使われ、北海道農業を支えるひとつの柱になると思っています。
ホクレン単独での取り組みは限界がありますので、今後とも野口先生が在籍されている北海道大学や青木局長が在籍されている行政機関と連携をとらせていただき、北海道農業の発展にむけて貢献していきたいと考えています。
―今日はお忙しい中ありがとうございました。
●北海道空知総合振興局
岩見沢市8条西5丁目
TEL: 0126・20・0200
●北海道大学大学院農学研究院
札幌市北区北9条西9丁目
TEL: 011・706・3847
●ホクレン農業総合研究所 営農支援センター
札幌市東区北6条東7丁目375番地
TEL: 011・788・5467