むかわ町・穂別「四代目中澤農園」。皆さんは彼らのホームページを目にしたことがあるだろうか?作り手や関わる人々の想いが綴られ、そこからは、生活に寄り添った、どこか温かい「農業」のあり方を感じることができる。そんなスタイルはどのようにして誕生したのだろう。和晴・さとみ夫妻に話を聴いた。
中澤農園:https://nakazawanouen.com
家業を継ぐ〜人生のハイライト
明治38年に始まった「中澤農園」は和晴さんで四代目。中澤家の男3人兄弟の末っ子として生まれ、現在32歳。高校2年の時に兄弟による継承者会議が開かれ家業を継ぐことを決意した。
高校卒業後は短大の環境農学科で学び、その後ニュージランドへ留学。彼はこの経験を「人生のハイライト、いちばん輝きを放っていた」と話し、その経験が今に影響を与えている。様々な農家を訪ね、ある滞在先で「お前はよく働くから」と、仕事先を紹介される。10日間で10万円程の収入を得た。20歳の若者にとって「働いてお金を得る」貴重な体験となると同時に「大きな事をやり遂げた」という自信にも繋がった。
また、余暇のために仕事をするニュージーランド人の働き方にも影響を受けた。
木漏れ日の中で微笑む和晴さん(右)、さとみさん(左)、娘さん(2歳)
苦悩の日々
帰国後2012年から下積み生活が始まる。放任主義の父の下、和晴さんは何をしていいかわからず、とにかく「勉強」をしていた。うまくいかないことが続き劣等感で現実と向き合うのが嫌になり無気力状態。しかし、向上心はあって、年間100冊近くの本を読み、セミナーに参加したり、先輩農家を訪ねたりした。徐々に変化が見え始め、何が課題なのかを記録し、立て直しを図っていった。
夫婦二人三脚
妻のさとみさんは札幌で育ち、ウエディングプランナーを経て、現在は企画マネジメントやライティングを行い活躍している。地域づくりに関する企画も手がけるようになり、そこで2017年に2人は出会う。デートは専ら社会科見学やセミナー参加。2人とも「好奇心が自分たちを満たしている」と言う。今は、和晴さんは現場運営管理と経営を担当し、さとみさんが広報を担当する。なるほど、あの農業が生活に寄り添うような温かみ溢れるページは家族である2人から紡ぎ出されるものであったのだ。
中澤農園的北海道二毛作
和晴さんに今注力していることを聞くと、まずは「経営の最適化」だと。実は事業を継いで、コロナの影響もあり今年がいちばん大変とのこと。全てに目を向け、計画と実行が適切だったかを常に考えることが必要だと語る。毎朝プランを立て、1日の終わりには反省を欠かさない。今日の失敗を翌年に活かす。
そして現場では二毛作に挑戦。穂別は中山間地で農地が狭い。少ない面積ながら畑を2回転させることでそれを最大限活用していく。輪作により連作障害を克服しながら成功させていきたい。
幸せであることと農業
和晴さんは常々「自分が幸せであるか」振り返ると言う。昔は刺激を求めていたが、今は2歳の娘と一緒に就寝。それが人生の幸せでいいんじゃないか。幸せは外ではなく中にあるもの、最近はそう思うようになった。
取材中彼らが語っていたことはとてもシンプルだ。出会いや学びを大切に、振り返りながら丁寧に日々を送る。その中で、自身の幸せのあり方を見つめ、真摯に農業と向き合う。それを軽やかに温かな笑顔を持って実践し続けている。この先は「農業者として自信を持ち、そこで培ったもので、町や誰かに対し社会奉仕できる人間になりたい」とも話す。人々の繋がりや家族の温もり。そんな「幸せ」の中にある農業。この産業のあり方に新しい風が吹くのを感じる。
(舩島 修)