現在、国内生産されている小豆の約9割は北海道産だ。しかし、それを消費する道内の和菓子文化は、国内で最も遅れており、そのため、道内では和菓子店と製餡業者が減り続けている。なぜこのような奇妙な現象が起こっているのか。道内の和菓子文化と、道産小豆の生産の現状を考えてみた。
取材・文/伊藤孝
現在の北海道の菓子といえば洋菓子が主流だ。代表的な土産品の菓子も、小麦粉やバター、ミルクなどを使ったものが圧倒的に多く、道内には和菓子や製餡業の有力な団体はほとんど存在しない。
小豆の研究者として名高い名寄市立大学の加藤淳教授は、北海道にお茶の文化が根づかなかったことがその原因だと話す。
「北海道は、国内で和の文化が入ってきた最後の地であり、文化的な歴史が最も浅い。和菓子にはお茶が付き物で、お茶の文化が根づいている地域でなければ、和菓子文化も定着しない。創業100年の店舗は道内では老舗と呼ばれるが、京都では新参者扱いで、300年以上の歴史があって初めて老舗と呼ばれる」
今では珍しくなった秋の風物詩・ニオ積み。数十年前まで、小豆は手作業が中心で、手で刈ってから乾燥させ、
葉を枯らせてから畑でニオ積みにし、通風乾燥させてから脱穀するという非常に手間のかかる作物だった
北海道民は、季節の果物や高級チョコレートをふんだんに使った1個500円以上するケーキを何種類も買い込む一方、和菓子は「日配品」扱いで、洋菓子と同じ価格帯ではスーパーやコンビニでも売れない。「洋菓子は高くて当たり前。和菓子は安くて当たり前」という意識が定着しており、作り手も安い輸入原料でしか和菓子を作れないという図式になっている。
これは、1960年代に開発された包餡機の登場によって、大手の製パン業者などが低価格の大福や饅頭などを量産するようになり、スーパーやコンビニで販売するようになったことも一因だ。
道内では製餡業者も減り続けており、かつては60軒以上あったのが、現在では、生業として実際に餡を製造している会社は10軒程度しかない。
小豆生産で国産の9割占める北海道が和菓子文化に乏しいのはなぜか
札幌市で創業70年以上になる製餡業者・株式会社川西グレイスフーズの川西常夫社長は、道民が洋菓子を好むのは、濃い味を好む特徴があるからではないかと話す。
「関西のお客様と和菓子の話をすると、『小豆餡のほのかな味わいがすごくいい』という表現が出てくるが、味に関するこうした繊細な表現は、北海道の人からはほとんど聞かれない。微妙な味わいやコクよりも、もっとストレートに濃いはっきりとした味を求める傾向があるように感じられる。和菓子業界の未来は、もっと感性の部分を大切にして、労働条件の改善などを考えることで期待できるのではないか」
東京に本店を構える塩瀬総本家は、創業670余年。日本に初めて小豆餡と饅頭をもたらした和菓子店で、その饅頭は、織田信長、豊臣秀吉、徳川家康といった著名な戦国大名に愛好された。薯蕷饅頭などの主力商品には、十勝・音更町産の小豆だけを使用し、徹底した手作りを貫いている。
同社の川島一世社長は、和菓子と洋菓子の最大の違いは「職人」にあると話す。
品種改良と気象変動によって量産の道が開けつつある道産小豆
「洋菓子は分量と手順を守れば作れるが、和菓子は職人の技術と感性でしか作れない。コンビニの台頭で和菓子の価格破壊が進み、専門店はどんどん減っている。これは和菓子文化全体の危機だ。和菓子文化はものづくりの領域であり、技にこだわらなくては生き残れない。量産と本物志向では、食べ物のジャンルが根本的に違うからだ」
事実、川島社長の話では、本格的な上生菓子が作れる専門店は、京都では茶会の開催数が多いため未だに数が多いが、東京でもすでに数軒しか残っていないという。
では、道産小豆の未来はどうかというと、実は明るい材料が揃っている。
近年、ホクレンは小豆の作付面積の大幅拡大に注力しており、その成果は今年から来年にかけて表面化してくる。また、機械での収穫がしにくい弱点を改善した新品種の小豆「きたいろは」が今年デビューし、量産への道も開かれつつある。ウクライナ情勢による穀物高騰によって、道産小豆の引き合いが強まるなど、消費も回復基調にある。
道産小豆の約7割を生産する十勝地区、中でも最大の産地である音更町は、寒暖の差が大きく、小豆がじっくり成熟するため良質な小豆が収穫できることで知られる。
道産小豆の約7割を生産する十勝地区の圃場
かつては霜の被害などで生産量が安定せず、商品先物取引で〝赤いダイヤ〟と呼ばれる投機対象だったが、現在の音更産小豆は、生産技術の向上や気象変動により、収穫量が安定してきている。
一方、小豆を始めオホーツク地区の豆類の品質を均一化すべく登場したのが、国内最大級の豆類調製施設「オホーツクビーンズファクトリー」だ。
同地区14農協が団結して2018年に大空町が建設した同施設は、色彩選別機や比重選別機、軟X線異物除去機など、最先端のハイテク機器を揃え、貯蔵施設だけでも12万俵を低温で貯蔵管理できる。同施設の登場によって、オホーツクの小豆の品質は年々上がり続け、業界の注目を集めている。
川西社長も、「小豆の品質を保持するためには、夏場に15℃以下の低温保管が必要だが、実はそうした産地の施設は大幅に不足している。十勝地区でさえ、自前の低温保管倉庫を持っているのは音更町農協をはじめ数軒しかない。ビーンズファクトリーはきちんと低温保管して品質を守り、良い小豆を出してきている」と高く評価する。
「サザエのおはぎ」で有名なサザエ食品㈱では、おはぎなど主力商品の原材料の小豆は、すべて十勝産を使用している。
同社の佐藤裕太ゼネラルマネージャーは、「北海道には和菓子文化が根づいていないことと、メイン客層は50~70歳台に偏っていて、若い消費者の和菓子離れが進んでいる。美味しくて当たり前の日本の菓子業界では、今後、商品を食べる理由を表現していく時代となるのではないか。今はちょっとしたおはぎブームだが、東京などでは小さくてカラフルなものが売れるなど、多様化してきている」と話している。
今、サザエのおはぎには全く新しいファン層が出来つつある。それは、スポーツインストラクターやアスリートなど、肉体と健康上から小豆に着目し、理想的な食品としておはぎを選ぶ人たちだ。
誤解されやすいのだが、小豆に含まれる炭水化物は、肥る原因などではなく、消化吸収されにくい難消化性でんぷん、つまり食物繊維の一種で、腸内環境を整える働きを持つ。その上、特に道産小豆に含まれるポリフェノールは抗酸化活性力が強く、その含有量は赤ワインの1・5~2倍になる。高血圧予防に関係するカリウム、免疫力を高めるサポニンなども豊富だ。
現代人に必須の栄養成分が豊富なスーパーフード・小豆
加藤教授は、小豆は美容と健康にとって理想的なスーパーフードだと説明する。「今、日本人に最も不足している食品成分は食物繊維。小豆の食物繊維の量は、実はゴボウの約4倍で、もし野菜で必要な食物繊維を摂ろうとすると、山盛り300gを毎日食べなければならないが、これを小豆にすると、たった50gで十分摂取できる。餡で食べるイメージが定着している小豆だが、甘くしなければ大概の料理に使える豆で、お勧めはトマト味。ミネストローネにすると非常に美味しい」
北海道の小豆は、われわれ現代人に不可欠な栄養成分の宝庫であり、その重要度は増す一方だ。そして小豆が支える日本固有の和菓子文化を大切に守り育てていけるかどうか、北海道人の感性や教養が問われている。
小豆研究の第一人者、名寄市立大学副学長の加藤淳教授