前回は、創意工夫によって道産小麦を価値あるメニューに仕上げたANDIAMOの熊谷オーナーシェフを取材しました。道産小麦の難しさや奥深さを考えた時、ふっと思い浮かんだのは「じゃあ、道産蕎麦はどうなんだろう?」という疑問でした。そこで、「手打ちそば さくら」の三輪貴寛社長を取材することにしました。
「手打ちそば さくら」は2005年・札幌市清田区に開業したのが始まりです。最近は千歳市や札幌市中央区、北区にも新店舗がオープンし、身近に極太ちぢれ手打ち麺を堪能できるようになりました。
三輪社長は、ものごころ付いた頃から蕎麦を打っていた少年でした。というのも、ご実家が1960年創業の田舎蕎麦「いずみ食堂」(日高門別)だからです。
手打ちそば さくらを開業した当初は、いずみ食堂が自家製粉したそば粉を仕入れて手打ちしていました。開店当初から沢山のお客さんが来店し、一躍人気店となりましたが、いずみ食堂も忙しく、さくら用のそば粉を増やすことはできません。困りました。
その頃、急に他の蕎麦店オーナーが多数来店されるようになりました。不思議に思っていると、全く取引していなかった製粉会社の方が当店のファンになり、他の蕎麦店オーナーに「美味しいから食べに行ってごらん」と宣伝してくれていたそうです。でも、その方とは一度も会話した記憶がありません。そこで、この話を教えてくれたオーナーさんにお願いして、来店時に名乗りをあげてもらうよう頼みました。
不思議な縁から新しい蕎麦へ
不思議な縁から新しい蕎麦へ
こうして「みなみ製粉株式会社」との縁が始まります。実際にお会いすると、当店の想いや技に惚れ込んでいることが分かり、この方であれば相談できると思いました。新しいそばへの挑戦です。そこで、当店らしさを発揮できる蕎麦を紹介してもらいました。これが「奈川」との出合いになります。
「奈川」は長野県奈川村の在来種。蕎麦は自然交配が進みやすく、固有の在来種を守ることには大変な苦労が伴うそうです。そのため、種子だけは地元で守り続けられましたが、生産する農家は一軒も残りませんでした。
そんな「奈川」を復活させるために北海道黒松内町の農家が立ち上がります。栽培の難しさから、今でも一軒だけで生産している稀少な品種です。その奈川を分けてもらえることになりました。
三つの技を掛け合わせることで産まれた一品
しかし、生まれながらの蕎麦職人である三輪社長でも、納得のゆく蕎麦に辿り着くのは容易なことではありません。企業秘密なので全貌は明かせませんが、製粉会社と共同で何度も試行錯誤を繰り返し、ようやく現在の手打ちそば が完成しました。
守り続けることの難しい品種を生産する農家がいて、絶妙なバランスの配合を行う製粉会社がいて、伝統に裏打ちされた技で手打ちする蕎麦職人がいて、ようやく納得できる蕎麦に辿り着きました。さらに、農家、製粉会社、蕎麦店それぞれの現場で働くスタッフが頑張ってくれているからこそ私達が堪能できる訳です。数人だけでは奏でられない、まるでオーケストラのようです。
こうして詳しくお話しを聞くことで大切なヒントに気付きました。それは、『繋がる』こと。農家の情熱や真摯な取組みに直接触れている製粉会社がベストマッチする蕎麦職人を見抜き、繋げたことが全ての始まりでした。そう考えると、『縁』と『目利き力』がどれほど大事かも分かります。美味しさの裏側を知ると、また一段と美味さが増すような気がします。
(境 毅)
伝統を受け継ぐ極太ちぢれ麺
各店の営業時間はホームページをご確認ください。
●手打ちそば さくら
◆平岡公園本店
清田区平岡公園東1丁目12‐5
◆手稲明日風店
手稲区明日風2丁目17‐1
◆定食屋ブランチ月寒店
豊平区月寒東3条11丁目1ブランチ月寒内
◆北7条店
東区北7条東3丁目15‐30
◆サッポロファクトリー店
中央区北2条東4丁目札幌ファクトリー3条館B1
◆ジョイフルAK屯田店
北区屯田8条5丁目5‐1
◆千歳店
千歳市みどり台北5丁目4‐1
ほか道外2店舗、道内姉妹店3店舗
2023_05_22 | 2023年 5・6月号 ゆめさぽ 連載 食の専門家リレー | プロフェッショナル, レストラン, 食べる